今回は「ウルトラマンダイナ」や「すずらん」などのドラマや舞台、映画などでも活躍した山田まりやについて、その生い立ちや弟についての詳細を調べてみました。元彼についても・・・!?

山田まりやの生い立ち。弟のために・・・。

山田まりや 昔

とても明るい性格という印象が強い山田まりやですが、その生い立ちは意外や意外に壮絶なものだったことが分かりました。

山田まりやは1980年3月5日に愛知県にて生まれました。

山田まりや

「山田 まりや(やまだ まりや)」さんは1980年3月5日生まれの37歳(2017年現在)で愛知県名古屋市中村区で生まれ、その後に東京都足立区に移り住みます。地元の小中学校を経て、豊南高等学校に入学しますが両親が離婚。10歳下の弟と共に母方との生活を選びますが、生活が厳しく、学校を中退。

山田まりやには弟がいたんですね!しかも10歳も下という歳の差兄弟!強いリーダーシップを発揮しなければ弟の面倒を見るのは大変だったことでしょう。

実は、暴力をふるう父親と、病気がちの母親という複雑な家庭環境で育った山田まりやは、幼い弟を守るため、父親代わりとの気持ちで、芸能界でがむしゃらに働いてきたそうです。

とあるように、物心ついた後にも父親とはまだ一緒に暮らしていたようです。両親が離婚したのは物心ついた後ということですから、環境がガラリと変わったこともあり、精神的に辛かったことでしょう。

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歯に衣着せぬ鋭い言動と天真爛漫なキャラクターからは想像も出来ない家庭環境だったみたいですね。まさか母子家庭だったとは思ってもいませんでした。そんな境遇を感じさせない彼女の明るい性格は、周りのみんなを引きつけたことでしょう。

山田まりや 現在

スカウトされたときに「休みはなくても構わない。一生懸命仕事をするので、母親と弟が安心して住める場所を用意してほしい」と事務所の社長にお願いしたと聞いたことがあります。

てっきり家庭でもおちゃらけキャラだったのかと思いきや、家族の境遇を受け入れ、ともに歩んでいくという覚悟が感じられるエピソードですね。弟から見てもきっと頼もしいお姉さんだったことでしょう。

スカウトされてからは、1996年の15歳の時にグラビアアイドルとして芸能界デビュー。トントン拍子に進み、映画やドラマ、バラエティーなどと露出を増やしていくことになります。

山田まりや

15歳と思えないダイナマイトボディが話題となり、デビュー年に開催された第1回「ミスヤングマガジン」でグランプリを受賞、続けて「伝説のグラビアアイドル」と呼ばれるようになる「青木裕子」らと「フジテレビビジュアルクイーン」オブザイヤーに選出、一気に業界のトップへと駆け上がります。

初めて見たときから明るくかつ下品ではない、むしろ上品なそのご尊顔に似つかわしくないダイナミックなスタイルだったのを覚えていますよ。世の男どもを虜にしたのは間違いないでしょうね!かく言う私も一目見て目を奪われた一人です

1997年には歌手としても活躍を始め、そのキャラクターが広く認知されるようになると、いよいよバラエティー番組デビュー。それからはというもの、1年で休みが8日しかない程に忙しい毎日を送ることになります。

そんな大変な生活の中、一番に考えていたのは家族の事なのだとか。

本人は流行の浮き沈みが激しい芸能界でいろいろな大人の思惑が飛び交う中、自分のポジションを守ることにすることに必死だったようです。家族を路頭に迷わすわけにはいかないという思いだけで第一線での活躍を続けていたとのことです。

家族を思えば休みがたった8日しかなくても耐えられる。まさに精神力の人だったわけですね。その精神力があったからこその、あのキャラでもあったのでしょう。

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旅ずきんちゃんで語られたエピソード

山田まりや 旅ずきんちゃん

山田まりやが2016年7月31日の旅ずきんちゃんにゲストとして出演した際には、グラビアアイドル時代の苦悩などを語ったと言うことです。

当時は世間から大きなバストについて偏見があったので、グラビアの仕事は早く辞めたかったのだが、野田社長に「どんな雑誌でも名前と顔がでかく載れば、おまえの名刺になるから」と説得され、グラビア活動を続けたことを明かしていた。

今では巨乳アイドルなどと言われているアイドル・タレントは当たり前になっていますが、当時からしたら破廉恥だのだらしないだの評判は賛否両論だったようですね。

山田まりやのイメージとしては楽しんでグラビアでも何でも積極的にやる!というのが世間一般にはあると思うのですが、さすがの山田まりやも偏見には絶えられずに弱音を吐いていたということですね。

 

山田まりやの元彼はつるの剛士だった?

ウルトラマンダイナ

つるの剛士 山田まりや

山田まりやはかつてあのつるの剛士と付き合っていたことがあったのだとか。1997年~1998年にかけてウルトラマンダイナを務めたつるの剛士と共演したのがきっかけでした。

しかし、付き合ったことでおバカキャラがバレてしまったのか、つるの剛士は山田まりやに早々にフラれてしまったのだとか。つるの剛士の自著によると2000年ぐらいに破局したようです。

つるの剛士は失恋してかなり落ち込んだそうですが、失恋によって「自分を見つめなおすことが出来た」と前向きに捉えているようですね。

やはり、根がしっかりしている山田まりやは、堅実な男を選んだということなのか!?

山田まりや ダイナ

ウルトラマンでの共演がきっかけで付き合って
デート中事故にあって 世間にばれた。

んだと思います。 間違ってたらごめんなさい。

むむ?事故!?一体どんな事故だったのでしょうか?調べて見ましたが、それらしい信頼出来る情報は見つかりませんでした。

ただ、噂レベルではネット上にいくつか情報があるようで、どうやら事故がきっかけで世間に知れることになった可能性は高そうです。

事故処理中に通りかかった通行人などによって暴露されたのでしょかね?だとしたら発見した通行人はどんな気持ちだったのでしょうか。スクープゲットだぜ!みたいなノリだったのかも知れませんね。

ウルトラマンダイナ

つるの剛士

こうしてみると、つるの剛士のウルトラマンダイナ時代と現在で、だいぶ顔が変わりましたね。今でも十分イケメンと思っていましたが、やはり昔の方が、若さがみなぎるイケメンといった感じでしょうか。

 

まとめ

いかがだったでしょうか。

幼少期は両親の離婚から始まり貧乏で辛い生活を送ってきた山田まりやさん。その壮絶な人生に負けないように頑張ってきた今があるからこそ、それを感じさせない明るく天真爛漫なイメージ広められたのでしょうね。

まだまだこれからも活躍を期待したいですね!再ブレイク、是非宜しくお願いします!

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